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お骨と納骨で悩む喪主へ|正解を探さなくていい時期

はじめに|葬儀が終わってから始まる、別の悩み

葬儀が終わり、少し時間が経った頃。
張りつめていた緊張がほどける一方で、今度は別の不安が心に浮かんでくる——それが「お骨」と「納骨」のことではないでしょうか。

「いつまでに納骨しなければいけないのだろう」
「まだ決められない自分は、だらしないのではないか」
「周囲はもう終えているのに、自分だけ止まっている気がする」

こうした悩みを抱える喪主は、決して少なくありません。
むしろ、多くの喪主が同じ場所で立ち止まります

このコラムでお伝えしたいのは、ひとつだけです。

今は、正解を探さなくていい時期です。


納骨には「期限」があると思い込んでいませんか

納骨について調べ始めると、
「四十九日までに」「一周忌までに」「三回忌までには」
といった言葉をよく目にします。

それを見て、
「もうすぐ期限が来てしまう」
「遅れたら失礼になるのでは」
と焦ってしまう喪主も多いでしょう。

ですが、まず知っておいてほしいのは、
納骨に法律上の期限はありません。

四十九日や一周忌といった区切りは、
あくまで「考えるきっかけ」として語られてきたものです。
必ず守らなければならない締切ではありません。

それでも「早く決めなければ」と思ってしまうのは、
喪主という立場が、
「ちゃんとやる役」「間違えてはいけない役」
として受け止められがちだからです。


決められないのは、気持ちが追いついていないだけ

納骨を前にして決断できない自分を、
責めてしまっていませんか。

「優柔不断なのかもしれない」
「覚悟が足りないのかもしれない」

けれど、多くの場合、
それは性格の問題ではありません。

気持ちが、まだ追いついていないだけです。

葬儀を終えたばかりの喪主は、
悲しみ・安堵・疲労・責任感が入り混じった状態にあります。
そんな中で、
「これから先の供養の形」を決めるのは、とても重たい判断です。

決められないのは、
逃げているからでも、怠けているからでもありません。
ちゃんと向き合おうとしている途中なのです。


お骨を家に置いていても大丈夫なのか、という不安

「まだ納骨していない」
「お骨が家にある状態が長く続いている」

こうした状況に、不安を覚える喪主も多くいます。

誰かに相談するのも気が引けて、
「これっておかしいのかな」と一人で抱えてしまうこともあるでしょう。

ですが、結論から言えば、
お骨を一定期間、自宅でお守りすること自体は問題ではありません。

地域や宗派、家族の事情によって、
納骨の時期や形は本当にさまざまです。

大切なのは、
「どういう形なら、自分たちが納得できるか」
という視点です。


四十九日までに全部決めなくていい

四十九日は、確かにひとつの節目です。
だからこそ、周囲からの声も増え、
「そろそろ決めないと」と追い立てられる気持ちになります。

けれど、四十九日は
すべてを終わらせる期限ではありません。

・納骨
・仏壇
・今後の供養
・家族の考えのすり合わせ

これらをすべて短期間で決めるのは、
現実的ではありません。

むしろ、急いで決めた結果、
「本当は違ったかもしれない」
と後悔してしまうケースもあります。

四十九日は「区切り」であって、
「締め切り」ではない。
この考え方を、ぜひ覚えておいてください。


お寺に聞くのが怖い喪主へ

「住職に何を聞けばいいのか分からない」
「こんなことを聞いて失礼ではないか」
「無知だと思われたらどうしよう」

そう感じて、相談を先延ばしにしている喪主もいます。

ですが、分からないことを分からないままにしておくほうが、
後々つらくなることもあります。

聞くときは、立派な質問である必要はありません。

  • 納骨の時期は決まっていますか

  • まだ気持ちが整っていないのですが大丈夫でしょうか

  • 家族の意見がまとまらないのですが

この程度で十分です。

喪主が迷うのは、珍しいことではありません。
多くのお寺は、その前提で話を聞いてくれます。


お骨の行き先と、手を合わせる場所は別で考えていい

ここで、ひとつ大切な考え方をお伝えします。

お骨の行き先と、手を合わせる場所は、同じでなくていい。

納骨がまだでも、
故人を想い、手を合わせる時間を持つことはできます。

供養とは、
「手続きを終わらせること」ではなく、
関係性を続けることだからです。

この考え方に触れて、
「少し楽になった」と話される喪主は少なくありません。


仏壇は「納骨の代わり」ではありません

ここで誤解されやすい点も整理しておきます。

仏壇は、
納骨ができないから置くものでも、
急いで用意しなければいけないものでもありません。

仏壇は、
気持ちが向いたときに、手を合わせる場所です。

納骨が先でも、
仏壇が先でも、
あるいは時間が空いてからでも構いません。

順番に正解はありません。


喪主は「決断する人」ではなく「受け止める人」

喪主になると、
どうしても「決めなければならない役」だと感じてしまいます。

ですが、本来の喪主の役割は、
すべてを即断即決することではありません。

今の状況を受け止め、家族と向き合うこと。
それだけで十分なのです。


正解を探さなくていい理由

正解を探してしまうのは、
「間違えたくない」という誠実さの表れです。

けれど、供養や納骨に、
ひとつの正解はありません。

家族の数だけ、
故人との関係性の数だけ、
選び方があります。

だからこそ、
今は答えを出さなくていい。


これから先のために

気持ちが少し落ち着いたとき、
家族と話せる余裕ができたとき、
「そろそろ考えてもいいかな」と思えたとき。

そのタイミングで、十分です。

今は、
悩んでいる自分を責めず、
立ち止まっている自分を否定せず、
「考えなくていい時期がある」ことを知ること。

それが、喪主にとって何よりの支えになるはずです。

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